「◆経営層のための新型コロナ対策」「◆緊急解説:人事が取り組む新型コロナウイルス感染症」(医師 亀田 高志 先生)2020年4月7日
昨年の当会定期総会にて記念講演をしていただいた㈱健康企業・医師 亀田 高志 先生からのご厚意により、先生が執筆された「経営層のための新型コロナ対策」(日経BizGateウェブ掲載)並びに「緊急解説:人事が取り組む新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)対策」(労務行政研究所ウェブページ;Jin-jour掲載)の記事のご提供がありました。社会保険労務士稲門会の会員の皆様にお役立ていただければとのことですので、ここにその内容をご紹介させていただきます。
新刊:『【図解】新型コロナウイルス 職場の対策マニュアル』(エクスナレッジ;4月15日発刊)
◆経営層のための新型コロナ対策 ⑴ ~ ⑶
日経BizGateウェブ掲載
新型コロナ イベント開催の是非どう判断するか
経営層のための新型コロナ対策(1) 健康企業代表・医師 亀田高志
2020/2/26
2月17日に加藤勝信厚生労働大臣の会見で、新型コロナウイルス感染症(正式名称はCOVID-19)の日本国内での散発的な流行が始まり、本格的な対策が行われることが明示された。
1月16日に中国湖北省武漢市に滞在歴がある肺炎患者が特定されたとの厚生労働省による公表以来1か月を経て、企業等では本格的な対策しなくてはならない局面を迎えた。
新型コロナウイルス感染症に関しては、テレビ、新聞、インターネットでトップに取り上げられ、専門家のコメントが多数報じられ、様々な情報が日々厚生労働省等から発信されている。他方、会社経営の面から、どのようなダメージが考えられ、具体的な対策を取るべきか、という情報はあまりないと考えられる。
今回の連載では、読者である経営幹部や管理職といった立場で、この新型コロナウイルス感染症による危機をどのように考え、乗り越えていくか、についてヒントをご紹介したい。
政府、一律自粛要請せず
2月20日に同じく加藤大臣の会見と共に厚生労働省のウェブページでイベント開催に関する御協力のお願いがなされた。
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新型コロナウイルスの感染の拡大を防ぐためには、今が重要な時期であり、国民や事業主の皆様方のご協力をお願いいたします。
最新の感染の発生状況を踏まえると、例えば屋内などで、お互いの距離が十分にとれない状況で一定時間いることが、感染のリスクを高めるとされています。
イベント等の主催者においては、感染拡大の防止という観点から、感染の広がり、会場の状況等を踏まえ、開催の必要性を改めて検討していただくようお願いします。なお、イベント等の開催については、現時点で政府として一律の自粛要請を行うものではありません。
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既に地方公共団体や自治体を含めて様々なイベントの中止や開催の延期、スポーツ競技会では一般参加や観客の無い縮小した形となることが報じられている。
読者の方々が経営、運営あるいは管理している企業等でも2月末以降のイベントの開催を中止するか、延期するか、あるいは予定通り開催するか、で頭を悩ませているのではないだろうか?
筆者が顧問を務める大手企業ではビジネスイベントの取り扱いに苦慮されているところもあり、3月に登壇する予定であった団体での講演会や企業内研修も相次いでキャンセルされた。
一方で厚生労働省の説明文書では、「一律の自粛は要請しないが、開催の必要性を検討して決めてほしい」と書かれており、開催か、延期か、中止か、という判断の確たる根拠がなく、困惑されていることと思う。
開催是非の判断は通常の意思決定と同じ
既に中止を決めた企業や団体の関係者は、感染拡大を懸念し国家的な規模での拡大防止に協力する以外に、万が一参加者が感染者、患者として特定されて、利害関係者から責任追及を受けるのが怖い、という気持ちも強かったと思う。
まず理解すべきは、新型コロナウイルス感染症を理由に開催の是非を考えることは実際には答えの無い問題を考えることだ、という点である。そのことは日ごろの経営判断や意思決定と何ら変わることが無い。
科学的、医学的にマクロの視点で国民全体の健康を最優先するなら一切開催しない方が良いに決まっている。感染症の専門家のあつまる日本感染症学会は2月初めに既に地域での散発的な流行が起きていると警鐘をならしてきた。
仮に全人口のうち10%が最終的に感染・発病すると1千万人あまりが軽症から重症となる。死亡率は中国のデータでは2%強ともされているが、日本では医療レベルの違いやウイルスが変化する可能性も考慮すると、0.1%未満に抑えられるかもしれない。それでも実に1万人が今後数カ月の間に亡くなってしまう可能性がある。
加えて入院中や持病で通院中の人が治療を続ける中で院内感染するだけでなく、治療に支障を生じたりした場合には死者がさらに増える可能性がある。「一人の生命は、全地球よりも重い」と考えるなら“一切の活動を早急に停止すべき”との判断となろう。
危機管理の面でいえば、対策を講じなければ、患者数のピークは高く、早めにやってきて、これに対策をしっかりと行うと、ピークは低く、遅い時期となる。新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発や予防接種に関する研究がスタートしていて、その成果が活用できるかもしれず、医療機関への影響も小さく抑えられる。
一方でビジネスイベントは準備の時間や費用、スタッフの手間や規模に応じて広告宣伝まで、多額の費用をかけているはずである。また中止した場合に損失だけでなく機会損失も相当に及ぶことから、踏み切れずにいる関係者もいるのではないか。
確率的に言えば1億2千万人中の1万人の死亡は季節性のインフルエンザで毎年、亡くなっている数とそれほど違わない。交通事故死は90年代に1万人を下回ったとは言えいまだに年間3千人である。タバコにかかわる死亡は年間10万人以上、アルコール・飲酒による死亡は3万人以上との推定がある。だからといって自動車の運転、タバコ・酒を全面禁止とはならない。
自社の社員が仮に数千人規模であっても、大半が健常な方ばかりであれば死者が出る可能性は低いと言えるかもしれない。3月に流行が拡大し、日本国内全体で数百人から千人ないし数千人の患者数となっていれば、イベントの参加者が発病しても、社名がマスコミに取り上げられることもないだろう。少し延期をしておくだけで中止までは必要ないだろうとの判断もあり得るかもかもしれない。
本稿執筆中の2月23日現在でも多数の観客が観戦するプロスポーツの試合がテレビ中継されている。観覧席は通常、互いに近接していて、飲食も行うのでいわゆる濃厚接触が避けられないのだが…。
「開催の必要性を改めて検討」はなぜ本質か
冒頭に戻るが「開催の必要性を改めて検討」というのは実は本質を突いていると思う。
というのは、定期的に行われていることの目的が霧散して手段の目的化に陥っている状況に枚挙に暇(いとま)がないからである。筆者は職場の健康管理を四半世紀以上手掛けてきたが、そのニッチな分野ですら、手段の目的化が目に付く。
そもそも、開催を悩むビジネスイベントを「なぜ行うのか」が常に熟慮され、日ごろから各イベントの効果検証を定量的に行っているだろうか?少子高齢化に伴う人手不足が叫ばれて久しいが、新型コロナウイルス感染症を契機として、各イベントをなぜ実行するのか、その絶対的な必要性を再検証することもできる。
また、延期後の開催や停止したサービスの再開の判断を「どのように行うのか」を中止と延期と並行して検討しておかなければならない。
これは特定の事業を開始した場合の「出口戦略」を考えておくことに似る。出口戦略がない企業では例えば後継者がいないとか、赤字の事業が止められないといった事態につながる。
流行が今後拡大してもいずれ流行が収まり、厚生労働省やWHO(世界保健機関)から終息宣言が出されることになるだろう。その後に延期したイベントの開催を慎重に決定することはできる。
しかし、7月から東京オリンピックが始まることと相前後して、自社のビジネス上のニーズが看過できないタイミングを迎えている状況で、さらに流行の第二波、第三波に襲われてたいたとしたら、中止、延期の判断をどのように変更・修正するのか。
難問だが早めに検討しつつ新型コロナウイルス感染症に関する更なる情報収集を心掛けなければならない。
今のところWHOでもCDC(アメリカ疾病管理・予防センター)でも新型コロナウイルス感染症に関して一律にイベントを中止すべきだとの見解は示されていないようである。
参考までに2009年から10年の新型インフルエンザA(H1N1)pdm09によるパンデミックの際にECDC(ヨーロッパ疾病管理・予防センター)から公表された報告書でも公的な集会や国際的なイベントの中止はその根拠が弱いものの、効果が不明確で直接、間接のコストが高い。また国民には中止を期待されるが、法的な裏付けが困難で、イベントのそのものの定義が難しい、とされている。
政府・行政から自粛要請がなされない限り、新型コロナウイルス感染症に関連して自社のビジネスイベントの中止、延期あるいは決行において、絶対的なよりどころとなる根拠はない。しかし、様々な側面から検討し、今後の予測も盛り込みながら、適切な判断を下していくことが、経営幹部に今まさに求められているのである。
(参照)ECDC TECHNICAL REPORT, Guide to public health measures to reduce the impact of influenza pandemics in Europe:‘The ECDC Menu’, European Centre for Disease Prevention and Control, September 2009
新型コロナ 流行早期に事業継続計画見直しを
経営層のための新型コロナ対策(2) 健康企業代表・医師 亀田高志
2020/3/11
専門家の見解を参考に今後、新型コロナによる患者数が約1週間で2倍に増えると想定してみる。非常に大まかであるが、本稿執筆中に確認した3月7日夜のデータで患者367例、無症状病原体保有者41例である。
1週間ごとに遡ってみると、3月1日では約半分の217例の患者、22例の無症状病原体保有者、2月23日にはさらに半分の患者113 名、無症状病原体保有者16 名、陽性確定3名、2月16日が患者等で47名と厚生労働省のウェブページで公表されている。
患者数が1週間で倍増していけば…
このまま倍々ゲームで増加すると、これから11週ないし12週間後、つまり5月下旬には100万人に到達する勘定になる。これはあくまで仮定の上で話しであり、1つのシナリオにすぎない。加えて、新興感染症の広がりには時間的・空間的濃淡を考えなければならない。地域によって、より早い時期に爆発的な流行が起きる恐れもある。
感染症を制圧しようと発展してきた医学分野には大きく分けて3つあり、1つは人間にとってミクロの世界である細胞や遺伝子を研究する基礎医学、もう1つが病気や診断、治療を研究開発する臨床医学である。そして、3つ目がたくさんの人たちの健康問題の傾向と対策を検討する社会医学と呼ばれる分野である。
医療職ではない、企業幹部や管理職として考えなければならないのは、この社会医学的な視点から見た従業員と部下の数であり、その影響である。また、消費者向けのビジネスを展開しているのであれば、顧客の人数規模を考えることも必要である。
新型コロナそのもののデータはこれから明らかになってくると考えるが、参考となる情報として、2009年の新型インフルエンザが流行した折の英国において、ピーク時の数週間には従業員の12%が病気等で欠勤するとの推定が行われている。(資料出所:Swine Flu UK Planning Assumptions, Department of Health, UK, issued 16 July 2009より邦訳改変)
それに準じて仮定として新型コロナに従業員の1%が感染し、その家族が感染し、あるいは濃厚接触者となる可能性を考えると、従業員の5%が5月前後の数週間に出社できない、というシナリオがありうる。
2009年の新型インフルエンザ流行の折よりも複雑なのは、医療機関での外来での検査が新型コロナでは簡単には実施できないことである。さらには特効薬もなく、予防接種もない。従って、発病した人は回復後に、濃厚接触者となった人も一定期間は自宅待機となるだろう。
つまり、これから従業員のうちのかなりの人数と期間、出勤できないという経営と事業運営上の危機が迫っているかもしれないのである。
最適化のみ追求のツケ?
7月からの東京オリンピック、パラリンピックに対する新型コロナウイルスの影響が心配されている。もともと海外から持ち込まれる様々な感染症とその影響に対して懸念を専門家が表明していた。
温暖な気候であった日本がここ数年に増して更なる猛暑、あるいは熱波に見舞われると、東南アジアのような亜熱帯・熱帯地域で流行している感染症が日本でも流行するのではないかと考える専門家もいる。
さて、今回の新型コロナウイルス感染症の流行は想定外の事態であっただろうか?
もしも、想定外だというお答えだった場合に考えていただきたいのだが、同じコロナウイルスによる、2002年から2003年にかけて発生した重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome:SARS)と2012年にアラビア半島で発生した中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)だ。その時に対策を検討したか?ということである。
また、2009年から2010年の新型インフルエンザ(H1N1)の流行が終息してから自社の対応やその後の影響を検討し、BCPなり危機管理対策の見直しに生かしたであろうか?それを関係者で共有し、常にそうした情報に目を光らせてきただろうか?
厳しい質問が続く、と感じる読者の方がいるかもしれないが、ここで挙げた質問は、会社経営や事業運営における確かさを明らかにするはずである。
多くの企業では利益を追求し、人材不足の影響もあって、その最適化にばかり力を入れてきているように思う。しかし、最適化する事業運営は、人材、生産や物流が安定しているという前提のもとに成立する。
上述のように一部の従業員や部下が欠勤しただけで、その影響が甚大となるような運営は日々薄氷を踏むようなものである。そういった前提に気が付いたのであれば、その前提が成り立たない状況で何をすべきかを早急に詰めていく必要がある。
今週、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正に関する審議が国会で行われ、その発動が可能になる可能性が高い。
感染する人が近い将来に日本人口の1割となり、日本の医療レベルや医療保険制度を前提に、中国等よりも死亡率が抑えられて0.1%だったとしても1万人を超える死者が出る恐れがある。だからこそ、専門家会議や各専門学会から注意喚起が出され、厚生労働省や各自治体の方々が不眠不休で対応されているのである。
もしも、政府から新型インフルエンザ等緊急事態宣言が出された場合に事業停止を余儀なくされるかもしれない。それは数日で収まるものではないだろう。
そうした危機的な状況が迫っていることを、企業幹部として、考えるべき状況に置かれているのである。
問われるレジリエンス、職場風土の改革カギ
となると、企業幹部として何ができるのか、を考えることになるが、ここではBCP(事業継続計画)の発動について、確認したい。
以下について、自社の経験を再点検してみることをお勧めしたい。
・そもそもBCPを発動したことがこれまで実際にあっただろうか?
・それも数週間に及ぶ期間であっただろうか?
・その結果を見直し、もともとのBCPに反映し、継続的な改善に取り組んでいただろうか?
これらがもしも不確かであれば、今後3か月を目安に起きる一部の従業員が働くことができないシナリオを関係者でよく協議するのが良いと思う。
自社の生産やサービスにどのような影響が及ぶだろうか?物流はどうだろうか?
海外との行き来も外国政府による日本からの入国制限によって、既に妨げられている。
そして、考えられるシナリオごとに代替手段等を関係者で検討するのである。専門家に頼るのではなく、自社の関係者で予想される影響が現実になった場合に、それを最小化するのにできる手立て、選択肢を可能な限り考え、できる準備を一つずつ行っていくのである。
職場のメンタルヘルスの専門家は惨事ストレスと呼ばれる危機的な状況からの精神的な立ち直りの良さを『レジリエンス』という英語で表現する。同じように会社組織がダメージを受けた際に立ち直ることができるかどうかも、レジリエンスと言い表すことができる。
各社のレジリエンスが新型コロナへの対応で試されているのである。
働き方改革でテレワークや時差出勤、サテライトオフィスの活用等が取り上げられ、そうした制度や導入が感染の機会となる人混みを避けるのに有効と好意的に報じられている。
実は筆者はそうした見方に懐疑的である。というのは、こうしたケースは実態としては極めて少数派であろうと考えるからである。
首都圏で働く人は相変わらす混んだ電車やバスでの通勤を余儀なくされていて、それは感染の可能性のある濃厚接触となりうる。
日本では上意下達が義務教育の頃から徹底される。上司が残業している間は帰らない部下が重宝されることもある。
こういった職場風土は新型コロナの影響を小さくするのを邪魔する。例えば、発熱しても無理をして出社しようと多くの従業員や部下が考えるからである。他の健常者を感染させてしまうかもしれない。
全ての従業員や部下たちがもしも発熱したり、せきが出たりした場合にちゅうちょなく会社に報告し、自宅で待機できるか。それをストレスなく判断できるか、ということが大切である。つまり“言いたいことが言える職場なのか”ということが問われているのである。
言いたいことが言える職場の方が言えない職場よりもレジリエンスが確かである。職場のストレスが少なく、創造性も発揮しやすい。
上意下達の傾向のある上司は、感染者が出た際に「何をしているのか!」、「なぜ、こんなことになるのか!」と感情を爆発させることがある。こうした愚かな行為は個人と職場のレジリンスを破壊する。
こうした場面にレジリエンスを大切にしたいのであれば、「こうした経験も役に立つ」と考え、「できることからはじめよう!」と従業員や部下たちに諭すのがよい。
関係者の懸念をよく聞き、共に悩み、問題を共に考える姿勢を一貫して示すことができるかどうか。それがレジリエンスを育てるか、ダメにしてしまうかの分かれ目となるだろう。
新型コロナ 健康経営ベースに長期戦の構えを
経営層のための新型コロナ対策(3) 健康企業代表・医師 亀田高志
2020/3/26
近年は職場の健康管理で健康経営(R)がブームとなり、東証1部上場企業における健康経営銘柄の選定や、大規模ないし中小規模の健康経営優良法人の認定を目指す応募が盛んに行われている。
健康経営を推進している経済産業省によれば、従業員の健康管理を健康投資と読み替えた健康経営の最終的な目標は、業績と企業価値の向上と表現されている。これによって、企業経営者が動機づけられ、健康経営の専門部署が設置されるなど、職場の健康管理が注目されるようになった。
健康経営優良法人の申請に関わったことがある企業幹部や管理職はご存じだろうが、その認定基準には、その規模にかかわらず感染症予防対策として「従業員の感染症予防に向けた取り組み」が含まれている。
そのため、新型コロナ対策によって、これをどのように捉えてきたか、どのように実践してきたのか、が明らかになる。
季節性インフルエンザの予防接種はしたか?
ちょうど、本稿執筆時点でクルーズ船の乗客等を除いた新型コロナの感染者が1000人を超えたと報じられている。毎日、テレビの報道番組で都道府県ごとに何人ずつ感染が増えているかも明らかにされている。
企業幹部や管理職の方々は自社内や自職場から患者となる従業員が出ないか、心配されていることと思う。
新型コロナで最もよく見られる症状は発熱とせきであると明らかにされている。例年3月には、発熱とせきを伴う通常の風邪も発生するし、季節性のインフルエンザの流行も続く。
季節性のインフルエンザに対する予防接種を、徹底して従業員に対して行っていれば、発熱やせきを伴うケースをかなり減らすことができたのではないだろうか?季節性のインフルエンザの予防接種を7割から8割の従業員が受けておくと、職場内の流行を減らすことができる、と考えられている。
この季節性インフルエンザへの予防接種は健康診断等を定めた労働安全衛生法令で実施が求められてはいない。しかし、経済産業省による健康経営優良法人の認定基準には、中小規模法人部門であっても、次の事柄が示されている。
従業員の感染症予防に向けて予防接種に要する時間の出勤認定、感染者の出勤停止等、感染症予防や感染拡大防止に向けた取り組みや制度を実施していること
・予防接種時間の出勤認定
・予防接種実施場所の提供
・風しんやインフルエンザ等の予防接種の費用負担(一部負担でも可)
季節性インフルエンザに対する予防接種はご自身が学童の頃から受けた方が良いものと知っていたことだろう。季節性インフルエンザの予防接種には感染や発症を抑え込む効果はないが、重症化するリスクを小さくできる、という効果が知られている。
けれども、筆者が知る限り、季節性インフルエンザの予防接種を毎年秋に徹底して提供している企業は極めて少ない。
上述の基準には「感染者の出勤停止や特別休暇認定付与制度の整備」や「全ての事業場における感染症予防環境の整備アルコール消毒液の設置やマスクの配布など」が含まれている。これらは、新型コロナ対策で欠かせない人事労務管理上の対応であり、職場にウイルスを持ち込まないための対策である。
産業医との連携は機能しているか?
今から20年近く前、外資系企業の産業医をしていた頃に、本国の基準に応じた危機管理対策を行う会議体のメンバーを務めていた。
対策の準備状況等を話し合う場で、トップの方から「大きな地震があったら、先生もここに留まって頂きますから」と言われた。すべてのメンバーがその責任を負っていたのである。
法的には事業者に意見具申するだけの立場に飽き足らない気持ちだった筆者は前向きな覚悟を決めたことを覚えている。
今回の新型コロナの流行に伴う対策の展開で自社の産業医や保健師、健康管理を担当する部署の責任者や担当者との連携はうまくいっているだろうか?
この点も健康経営優良法人認定基準(大規模法人部門)では鍵となる部分となっている。
3.制度・施策実行→取組の質の確保→専門資格者の関与→産業医又は保健師が健康保持・増進の立案・検討に関与
1.自社の従業員の健康課題について担当者と協議
2.中長期的な方針を共同で策定
3.健康管理の観点から必要な調査審議を求める事を可能にする
4.現場の労働者からの情報収集など、権限を具体化・明確化
5.健康保持・増進の取り組みの効果検証に関与している
健康経営を推進している、とうたっている企業であれば、この3月以降の新型コロナの流行の進展に合わせて、産業医等の専門家との連携でこれらの事項を確実に行っていなければならない。
もしも不足している事項があれば、早急に会議体を設け、専門家としての見解や課題の提示を求め、対策の立案に関与してもらう必要がある。
また、同認定基準には次の事柄も示されている。
2.組織体制→経営層の体制→健康づくり責任者が役員以上
これは企業幹部の誰かが、健康経営ないし健康管理を推進する部署を主管していることを意味している。
産業医等の関与が確かで、企業幹部が明らかな責任を担っているのであれば、次の課題を3月の段階で話し合っているはずである。
新型コロナの流行の終息はいつ頃になるのか?
もしも、私が先述した危機管理対策を行う会議体のメンバーでトップから同じことを聞かれたら、「国民の7割から8割が免疫を持った段階である」と答えたと思う。
現在、中国以外に欧州とアメリカで万単位の患者発生の段階にあると報じられている。こうなると医療崩壊や社会不安状態を防ぐために、3月11日深夜の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議による説明であった「ロックダウン」、つまり事実上の封鎖を政府は行うことになる。
一方、関係機関や自治体の対策と努力で流行が緩徐であれば、そうした事態は避けることができる。しかし、7割から8割が免疫を持つということは、現在の状態が年末から年明けまで長期間続くことを意味する。
こうした見解を自社の産業医等から聞いているか、を考えれば、健康経営での専門家との連携の良否が明らかになる。また事態は流動的であるから、都度必要なタイミングで専門家との対話を行うことになるだろう。
従業員のヘルスリテラシーは良好か?
ところで、働く人が健康管理に関する正しい知識を持って、これを実践できる力は「ヘルスリテラシー」と呼ばれ、職場の健康管理の専門家が重視している。
新型コロナに対するヘルスリテラシーが優れているのであれば、例えば正しい手洗いが適切なタイミングで実践できる。マスクが万能ではないことも理解しているだろうし、その装着や廃棄も間違いがないはずである。
しかしこれらの行動は、教えられなければできない従業員が少なくないのではないか。
この点も健康経営優良法人の認定基準には明示されている。
3.制度・施策実行→(2)健康経営の実践に向けた基礎的な土台づくり→ヘルスリテラシーの向上→(5)管理職又は従業員に対する教育機会の設定
管理職や従業員に対し、健康管理の必要性を認識し、必要な健康保持・増進に係る知識(ヘルスリテラシー)の向上のための機会を設定しているかを問う
【研修/情報提供の内容】→感染症予防対策
2月下旬に、某経営者団体で健康経営を話題とする講演を行った際に、アドリブで新型コロナ対策を解説し、参加者の方々に正しい手洗いに関してデモンストレーションを行い解説した。その際、「ええ?こんなに丁寧に時間をかけるのか!」という声が上がった。ちょうど良い機会であったので、自社に戻ったら従業員の方々に教えてほしい、と付け加えた。経営者自らが正しい手洗いを教えてくれれば、従業員はリテラシーとして実践できる可能性が高いからである。
産業医等による新型コロナに対する教育や情報提供は良好であろうか?従業員の方々に正しいスキルは定着しているだろうか?
新型コロナに対する治療薬の開発やワクチンの実用化が実現するにはまだ時間がかかると思う。けれども、従業員に対するヘルスリテラシーの強化に努めることで、感染や発症を最小に留める可能性がある。
健康経営とは「経営」を行うことであって、健康管理を労働安全衛生法令で求められるコンプライアンスとして眺めることとは違う。健康経営を実践するメリットは経営的な関心を維持するだけでなく、その実効性と継続性を高めることに役立つ。
新型コロナは経営的な危機としての本当の姿をあらわにしつつある。
自社が健康経営をうたい、行っていると考えるのであれば、企業幹部として、これを機会にその内容を精査し、新型コロナ対策に生かしていただければと考える次第である。
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
◆緊急解説:人事が取り組む新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)対策
労務行政研究所ウェブページ;Jin-jour掲載
•第1回 危機管理の視点から現時点で着手すべき対策[2020.02.14]
•第2回 こんな時こそ、ヘルスリテラシーの向上を![2020.02.14]
•第3回 持病を持つ従業員への対応を万全に[2020.02.28]
•第4回・完 事情を抱えた従業員への支援を丁寧に[2020.02.28]
第1回 危機管理の視点から現時点で着手すべき対策
[2020.02.14] 健康企業代表・医師 亀田高志
はじめに
1月初旬以降、武漢に端を発して中国国内、日本、そして世界で広がりを見せる新型コロナウイルス感染症、いわゆる「新型肺炎」に関する報道が、テレビのニュース番組からワイドショー、ネット等で連日盛んに行われている。
本稿を執筆している2月3日夜の時点で、厚生労働省の発表によれば日本における患者数は16名、無症状病原体保有者が4名となっている。同時点で、中国では既に感染者が1万7205名、死亡者が361名とされ、世界各国で発生する患者数の増加が懸念されている。日本政府と厚生労働省は、1月28日付けで新型コロナウイルス感染症を感染症法の「指定感染症」に指定し、2類感染症(重症急性呼吸器症候群(SARS)や鳥インフルエンザなど)と同等の取り扱いを行うこととなった。
本サイトの読者である、企業等の経営層や人事部門の責任者、担当者の方々は、自社の従業員が新型肺炎を発症し、この新型コロナウイルス感染症と特定されることを(ご自身も含めて)心配し始めておられるのではないかと思う。上述の報道の多くは医学的な専門の情報をベースとして視聴・閲覧する人に向けたものであり、企業等の対応実務に役立つ情報は少ないのではないかと考える。
そこで、今回は緊急解説として、新型コロナウイルス感染症をめぐる企業等の職場での実務対応について、これから毎週1回のペースで危機管理の視点から対策に有益であると思われる情報をお届けする。折々の情報を反映しながら、
①具体的な課題とそれに対する対策の考え方
②実務上の工夫
③人事部門としての対応
――という三つの点からポイントを解説していきたい。
新型コロナウイルスは危機管理対策上のリスク
読者の方々の企業や職場では、新型コロナウイルス感染症への対策を既に実施されているだろうか? ちなみに1月下旬には、業務での海外渡航禁止や通勤時のマスク着用、アルコールによる手指消毒、各事業所での体温計の準備、家族が感染の診断をされた場合の出勤停止措置を通達している企業も見られている。
ここで考えていただきたいことは、今回の新型コロナウイルス感染症はパンデミック、つまり世界的に、非常に多くの感染者や患者が発生する流行となる可能性があることだ。それに対して楽観的な見方と悲観的な考え方が交錯している状況にあると思う。
ここで10年ほど前に起きた、2009~2010年の新型インフルエンザパンデミック(H1N1)2009の規模と参照してみると、推定による患者数は2000万人強、患者発生のピーク時には1週間で200万人に達し、不幸にして亡くなられた方は200名弱であったと報告されている。また、季節性のインフルエンザでは二次性と呼ばれる、インフルエンザウイルスではない細菌による中高年層の肺炎患者が問題となるが、この当時は若年層のウイルス性肺炎が多かったとされる(国立感染症研究所WEBサイトによる情報より)。
現時点の推定では、中国国内の北京、上海での新型コロナウイルス患者数のピークは3カ月後の5月ないしそれより早い時期とみられているようである。1月末現在の情報では、中国の患者のうち重症例は20%、死亡例は2%とされている。(国立感染症研究所WEBサイトによる情報より)。
日々情報が更新される中、私見ではあるが、新型インフルエンザパンデミック(H1N1)2009に準じる患者数に到達する可能性がある一方、重症化や死亡に至る割合は、同様にコロナウイルスが病原体であったSARSほどには及ばず、症状が出ても軽症のうちに治癒する人が多いのではないかと考える。
読者の各職場でも、日本では中国より遅れて、例えば6~7月に患者数のピークがやってくる可能性があることと、それが人材と事業活動に影響を及ぼす危機管理対策を要する事態であることを想定しておく必要がある。
そのために、課題と対策を[図表1]に示すように、
①日本で流行が起きるまでの間(予防・準備の期間)
②流行のピークがやってくる段階(対処・対応の期間)
③流行が収束していく段階(復旧・復興の期間)
――の三つに分けて考えることをお勧めしたい。
[図表1]新型コロナウイルス感染症の流行を想定した対策の段階とリスク・損失
そして自社内の関係者と早急に、各々の期間で人材と事業にどのような影響、つまりリスクと損失が生じるのかを想定しておくことが重要となる。
もしも2月中に、従業員が感染したことがマスコミ等で報道されると評判リスクとなることを想定しなければならない。武漢の住民が中国の他の地域で差別的な扱いを受けたり、ヨーロッパでは極東などのアジア地域から来た人を差別する事象が生じている。患者ないし感染者が日本全国で20人程度しか発生していない段階であるので、同じようにバッシングを受けたり、消費者から忌避され、果てはブランドが棄損する可能性も想定しておく必要がある。
2月初旬は[図表1]に示した予防と準備の段階と考えられるので、リスクが顕在化したときの事態を可能な限り想定し、その影響を少なくする対策を講じていくことが肝要となる。従業員が新型コロナウイルス感染症を発症した場合の、取引先や株主、行政機関や地域住民等とのリスクコミュニケーションを想定し、関係者と手順を話し合っておく必要があるだろう。
また、もし従業員が患者となったとしても、当然悪気なくそうなったのであり、いじめや嫌がらせを職場内でも受けることがないよう人事部門として注意を促していく必要があるだろう。
従業員に適切な行動基準の徹底していくことから
次に重要なことは、リスクゼロを目指すのではなく、その可能性を軽減していく[図表2]のような考え方を職場全体で共有することである。
ピラミッドで示したように、何となく発病し、重症化するわけでなく、そもそも感染の機会があって感染し、そのベースに手洗いやその他の注意を怠っている可能性がある。
[図表2]患者が発生するリスクを軽減する、という考え方
ちなみに「リスクゼロを目指すのではなく、これを軽減する」という考え方は、労災事故を防止し、対処する労働安全管理の分野で「ハインリッヒの法則」や「バードの法則」という名で知られた原則にも合致している。
本稿執筆時点では、多くの店舗でマスクの在庫が底をつき、ネットオークションで高額で販売された等の報道がなされているが、マスクを着用すればリスクがゼロとなるわけではない。また、今回の新型コロナウイルス感染症は、発症する前でも他の人を感染させる可能性があるとされている。完璧な対策は物理的に不可能であることも関係者間で共有し、従業員に誤解の無いように周知しておくのがよいだろう。
今の段階では、以下にまとめたような適切な行動を従業員の方々に徹底していくことをお勧めしたい。
[図表3]予防・準備段階から従業員に徹底する適切な行動の例
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●社屋に入館する際の手指のアルコール消毒の徹底
●通勤でマスク着用の場合にはそれを入り口で廃棄する
●就業中にも適宜、手洗いを徹底する
●帰宅時にも同じ対応を徹底する
●発熱、咳等の症状が出た場合には出勤せず、自宅からまず電話連絡等を行う
●勤務中に発熱、咳等の症状が出た場合には躊躇なく相談する
●糖尿病や高血圧症、その他治療中の人は早めに主治医に発熱等を感じた場合の対応について、相談しておくように促す
●同居家族が発熱等を生じた場合には自宅からまず電話連絡等を行う
●不要不急の外出を避ける 等
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これらのうち、手洗いの仕方については、新型インフルエンザ用ではあるが、厚生労働省が啓発ツールとして提供している『手洗いポスター』(2014年3月6日)を周知に利用してもよい。
また、社屋の入り口などにはアルコール消毒剤を設置し、警備の方がおられるのであれば、全員必ずマスクを廃棄し、手指の消毒を行ってから入室することを徹底してもらうように依頼することができる。
発熱、せき等の症状が出た人は自宅待機させた上、事前に保健所へ連絡して受診という流れが厚生労働省により説明されている。もしも従業員がそうなったケースで、産業医や保健師が常駐している、あるいは嘱託でも相談が可能である環境であるならば、電話でそうした専門家に相談できる手順を設けることもできる。また、同居家族に発熱等が生じた場合にも同様の手順を決めることもできる。早急にこれらの手順への協力を頼むことができるか、産業医等の専門家との相談をしていくのがよいだろう。
人事面の措置を工夫する
地方都市であれば自家用車に通勤も可能であるが、首都圏では電車やバスといった公共の交通機関を利用した通勤が避けられないと思う。その場合、電車やバスの車内は感染する可能性が高まる濃厚接触の機会となり得る。
したがって、感染するリスクを減らすのであれば、次のような人事的な措置を発動することが可能であろう。
[図表4]感染リスクを低減する人事面の措置
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●時差出勤の奨励・励行
●テレワークや在宅勤務制度の活用
●テレビ電話会議システムの利用
●(安全であるなら)サテライトオフィスの活用 等
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働き方改革が進む中、こうした措置をいち早く検討していた企業では、これらを発動してみる良い機会ではないかと思う。完全に実施するのではなく、可能な範囲から実施していくことができる。
繰り返しになるが、リスクをゼロにすることはできない。しかし、できるだけの措置を講じて従業員の感染・発症を避け、その影響を最小にしていく努力が2月初旬の段階では重要であると思う。
《参考情報》
厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年2月6日時点版)
第2回 こんな時こそ、ヘルスリテラシーの向上を!
[2020.02.14] 健康企業代表・医師 亀田高志
もしもあなたが発熱したら…
この記事を読んでおられる読者の方々には少々不躾(ぶしつけ)かもしれないが、次の質問に対してどう感じられるだろうか?
“もしもあなたが、朝目覚めたときに発熱を感じ、咳が出続けたら、どうしますか?”
どういった心境になるか、どのように対応するのかをじっくりと考えていただきたい。
◇ “さて、どうしよう?! 困ったな”とパニックないし思考停止になる?
◇ 前の週に外国人観光客らしいグループとランチで一緒だったことを思い出す?
◇ 同居家族がいたら、起こして症状を話す?
◇ お子さんがいれば登園や登校をどうする?
◇ 職場の誰に連絡を入れる?
◇ 自宅で静養する?
◇ 心当たりのクリニックや病院に出かける?
◇ 少し遅れて出勤することにして、途中のドラッグストアに立ち寄る?
◇ 解熱剤を飲むなどして何食わぬ顔で出勤してしまう?
◇ 勇気を出して保健所に電話してみる?
日頃から夫婦仲に問題を抱えている場合、具合が悪いことに心配や共感も得られず、当座の対応すら配偶者と素直に話し合うことができないかもしれない(実際、働く人の間でそうしたケースが少なくないことを仕事柄感じることが多い)。
新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)がマスコミで大々的に取り沙汰され、厚生労働省からも矢継ぎ早に施策や通知が公表されている今だからこそ、もしも発熱等を感じたら、より強いストレスを生む状況となろう。
医学的に、客観的に考えると、今の時点では発熱や咳があったとしても、新型コロナウイルス感染症より季節性のインフルエンザの可能性が高いだろう。胃腸症状を伴っており、その程度がひどい場合はノロウイルスかもしれない。あるいはアデノウイルス等のありふれた風邪ウイルスによる確率が高いかもしれない。
いずれにしても、慌てふためくほどの状況ではなさそうだが、既に日本感染症学会の医師向けの見解では散発的なコロナウイルス流行の可能性も指摘されており、都市部では絶対に違うとは言い切れない状況に進みつつあるかもしれない。
職場での流行を遅らせ、ピークを小さくする
読者の方々がお勤めの企業、自治体あるいは各団体等の社員・職員の方々は、気温が低く乾燥しがちなシーズンに発熱し、咳を繰り返すことも珍しくない。各職場に数十人、数百人から数千人の社員・職員がいるとすれば、毎日、数人から数十人はこうした不安な朝を迎えているのではないか? そうした状況を想定する必要はないだろうか?
2月中旬となった今、こうした状況をいたずらに悲観的に考えるのではなく、新型コロナウイルス感染症への対応に関して、その目的や目標をトップと経営層以下、または首長と関係者でしっかりと共有されているかを、今一度確認していただくべき時期にあると思う。
筆者がこれまで外資系企業や健康管理を取り扱うベンチャー企業で、感染症にまつわる危機管理と健康管理に携わった経験では、その目的や目標に対して現実にはあいまいな理解や認識しかない職場が少なくないと感じている。
例えば、以前流行した新興感染症に関して、ある経営層の方から
「絶対に安全であると保障してほしい!」と会議で投げ掛けられた経験がある。
新型コロナウイルス感染症のように日々情報が更新され、ウイルス学的な分析、治療薬の検討やワクチンの開発が始まったばかりの感染症に関して、絶対に安全との保障などできない(結果責任と説明責任を負っている立場や重圧、ストレスも理解するところであるが…)。
事業継続計画(BCP)を持ち出すまでもなく、今回の新型コロナウイルス感染症への対策の目的は、企業であれば、
1.すべての従業員・関係者の生命、安全、健康を確保する
2.社内の資産と環境を保護する
3.事業継続性を確保する
――というあたりに落ち着くのではないかと考える。
そして、対策の目標は流行の時期に応じて、次の[図表]のように定めておくとよいと思う。
[図表]新型コロナウイルス感染症対策としての目標設定
具体的には、数カ月の期間を想定して、新型コロナウイルスによる影響=さまざまなリスクと損失を最小化していくことを目標とする。例えば2月下旬以降、流行早期までは職場での流行のピークをできるだけ遅らせること、そのピークを小さくに抑えることに定める。
分かりやすく解釈いただくなら、図中の矢印の方向を、関係者あるいは全社員・全職員で共有するのである。そして流行が収束してきたら、非常時の事業運営を通常モードへ速やかに復旧させることとなる。
これらの目的と目標が定まったら、責任ある経営層の方から自らの言葉で、全社員・職員に対して語り掛けることが望まれる。その中で、第一の目的が「すべての従業員・関係者の生命、安全、健康を確保する」ことにあると強調するのである。
現在、経済産業省が主導する健康経営®にかかわる顕彰制度や認定基準でも「従業員の感染症予防に向けた取り組み」が強調されている。他方、この健康経営の原典とされるHealthy Companyを提唱したRobert H. Rosen博士は「経営層による従業員に対する包み隠さぬ対話があること」と「(偽りなく)従業員の安全と健康が第一優先であること」等をその在り方として表現している。(Robert H. Rosen, Lisa Berger, The Healthy Company, Tarcher, 1992/10/1)
※「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
こうした方針がその後も繰り返し、管理職等の会議やイントラネット等での掲示を通じて周知されていれば、例えば発熱を隠して出社することはなくなるだろう。お互いの咳を疑心暗鬼で見張ることも避けられる。本来、季節性インフルエンザでも発熱があれば自宅で待機すべきであり、体調不良を押して勤務することも働き方改革の面からも望ましくない。
正しい知識と行動の徹底をはかる
さて、職場での流行を遅らせ、ピークを小さくすることを念頭に置いて冒頭の質問に戻ってみると、読者ご自身や職場で働く方々は何らかの答えをお持ちだろうか?
健康経営を標榜し、優良法人の認定を受けている企業でも、上意下達が徹底された環境に置かれ「言いたいことが言えない」のであれば、発熱を隠しながら出勤する社員・職員が後を絶たない状況になる。ちなみにそうした職場では、しばしば不祥事が露見し、その都度経営層が会見に立って「報告がなかった」などと繰り返すものである。
答えの一つとして紹介したいのは、もし産業医や保健師、看護師が常駐しているならば、前回触れたように、不調を感じた社員・職員からの電話相談を受け付け、対応を図る手順を徹底することである。”健康相談”は昨春に施行された改正労働安全衛生法でも強調されており、それを受けた枠組みであると説明すれば、利用する側の心理的負担も少なくなる。
既出のとおり、2月中旬の時点で発熱や咳があっても、新型コロナウイルス感染症である確率はまだ低いと考えられる。また、新型コロナウイルスに感染している事例でも、多くは軽症であることが予想され、万が一入院し、治療を受けたとしても日本の医療レベルがあれば無事に回復できる可能性が高い。したがって、過度に深刻に捉える必要はないものと思う。
例えば、職場の医療職に相談できる場合に、発熱や咳を感じた社員・職員が冷静に自宅に一旦待機し、電話なりで相談する行動がとれるかどうかが鍵であり、それこそが健康経営でも強調される「ヘルスリテラシーの向上」である。近年、職場の健康管理の専門家に注目されるキーワードでもあるが、「健康管理に対する正確な知識を持ち、適切に対処し、行動できること」を意味する言葉である。
例えば読者の方々は、新型コロナウイルス感染症では接触感染が飛沫感染(あるいはエアロゾルの飛散によるものまで)と並ぶ伝搬経路となるため、手洗いが重要であることをご存じだと思う。これに対して実際にご自身の手洗いが正しいか、前回紹介した『手洗いポスター』のとおりのことができているか、確認されただろうか。
トイレで手を洗う人たちを感染予防の観点で見ると、ほとんどが不合格となる。手の甲、爪、指の間、手首まで、石鹸でもよいのできちんと洗わなければならない。これをすべての社員・職員に徹底すべきである。
クルーズ船での新型コロナウイルス感染者の増加や入国拒否の報道が相次いでいるが、同じような濃厚接触が通勤のバスや列車でいつ起きても不思議ではない。新型コロナウイルスに限らず、あらゆる感染症が通勤途中で伝搬される可能性は常時あるのだ。
他方、マスクの不足が騒がれるタイミングであり、なおさらマスクをすることが心理的に安心をもたらす面もあると思うが、
● マスクは万能ではない
● 着用しないよりした方がまし
――という程度の効果であることを承知しておくべきである。その上で、マスクを通勤時に着用する場合、知っておくべきこと(=実践すべきこと)は次のとおりである。
————————————————————————————————————————————————————-
◇ 必ず清潔に保たれた新品を使用する
◇ 正しく着用する(息苦しいからといって鼻や口を出さない)
◇ 着用中に自身の顔を触らないよう注意する
◇ 到着したら入館直前に必ず廃棄する
◇ その後、速やかに手を適切に洗う。ないしアルコール消毒する
————————————————————————————————————————————————————-
できれば街中を歩く人なり、ご自身なりの行動を観察していただきたいのだが、気づいてみるとかなり頻繁に、自分の目や口のあたりに手をやっているものである。着用したマスクに触れる人、その位置を度々動かす人も数多い。これではマスクをつける意味が減じてしまう。
また、本来マスクは症状がある人に着用してもらうべきものであり、そのことによって健常な人を感染させない効果は医学的に認められている。マスクを誰もがいつも持っているわけでないので、咳・くしゃみのある人は肘や袖で口を覆う「咳・エチケット」は日本だけでなく、グローバルな常識である。
職場で社員・職員の方々がこの「咳・エチケット」の意味を理解し、実践ができることも、ヘルスリテラシーとして重要なポイントとなる。可能な限り人との接触を減らし、手洗いを励行し、体調を整えていくことが必須である。
今回の最後に、世界保健機関(WHO)がホームページで発信している怪しげな通説の真偽について触れておこう(情報源はこちら)。
日本語訳は出されていないようだが、以下にポイントをまとめてみた。筆者からの(注)も加えているので、併せてヘルスリテラシー強化の一環として共有いただければと思う。
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✔ 中国からの手紙や小包を受け取っても基本的に安全である(中国からのものに限らず、触れた後には手洗いを行う)
✔ ペットは新型コロナウイルスに感染したり、拡散したりしないが、他の問題を防止するために触れたら手洗いを行う
✔ 肺炎球菌ワクチン接種は感染を予防しない(肺炎球菌による肺炎には効果がある)
✔ 鼻うがいやうがい薬でうがいをしても感染は予防できない
✔ ニンニクを食べたり、ゴマ油を使ったりしても感染を予防する効果はない
✔ 漂白剤や75%アルコールを鼻の下等に塗っても予防効果はない
✔ すべての年齢層で感染する可能性があり、高齢者や持病のある人は重症化する可能性がある抗生物質等を使用しても新型コロナウイルス感染症の予防や治療はできない。(二次感染には使用する場合がある)
✔ ウイルス自体に効く特定の薬剤はまだ調査中である
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なお、厚生労働省による最新情報が、日々関係者のご努力でアップデートされているので、最低限の注意事項として、定期的に関係者間で確認することもお勧めしたい。
《参考情報》
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」
第3回 持病を持つ従業員への対応を万全に
[2020.02.14] 健康企業代表・医師 亀田高志
持病があると重症化するリスクがある
これまで、横浜港に停泊している大型クルーズ船にまつわる政府の対応ばかりに注目が集まっていた。しかし、国内各所での感染事例が確認され、感染経路が不確かなケースが出ている以上、散発的な流行に備える段階にあることを想定すべき状況になってきた。
こうした状況にあることのコンセンサスができ、2月17日に厚生労働省から、国民や働く人が参照できるガイドが公表された。
厚生労働省ホームページ
・新型コロナウイルスを防ぐには
・新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安(※)
下段(※)のほうは、厚生労働省のWEBサイト『新型コロナウイルス感染症について』の「国民の皆さまへのメッセージ」という項目に、”政府の新型コロナウイルス感染症対策本部の新型コロナウイルス感染症専門家会議の議論を踏まえ、一般の方々に向けた新型コロナウイルス感染症についての相談・受診の目安をとりまとめました”という説明とともに掲載されている。
その中で、以下の場合は重症化しやすい可能性があり、風邪症状や37.5度以上の発熱が2日以上続く場合には帰国者・接触者相談センターに相談してほしい旨の説明がある。
————————————————————————————————————————————————————-・高齢者
・糖尿病、心不全、呼吸器疾患(COPD等)の基礎疾患(=持病)がある方
・透析を受けている方
・免疫抑制剤や抗がん剤等を用いている方
————————————————————————————————————————————————————-
これらは「持病のある方」という表現で説明されることが多いが、この点をもう少し詳しく見てみたい。
今回の新型コロナウイルスと同じコロナウイルスによる新興感染症として、重症急性呼吸器症候群(severe acute respiratory syndrome:SARSと中東呼吸器症候群(Middle East respiratory syndrome:MERS)が知られている。2002年に中国広東省で発生したSARSでは患者数8000人強で死亡率は10%弱、そして2012年にサウジアラビアで最初に確認されたMERSでは2015年の韓国での局地的な流行を経て患者数は2500名弱、死亡率は3割強とされている。
重い呼吸不全や腎不全、肝不全も伴うような多臓器不全、合併した細菌感染症が死因となる。その他、糖尿病、B型慢性肝炎、COPDや心臓病がある場合にも経過が悪いとされている。ちなみにCOPDは耳慣れない言葉かもしれないが、慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonary disease)と呼ばれる慢性気管支炎や肺気腫等の総称で、主にはタバコによるものが多く、生活習慣病の一種とも考えられている。
これらの病気に関して、人事労務担当者は一層の注意を払う必要がある。
一般定期健康診断後の事後措置は確かか?
現在、新型コロナウイルス感染症であると確認された患者さんに対して抗HIV薬の投与が試みられている、との報道がある。しかしSARSとMERSに関しては安全で効果的な抗ウイルス薬はないとされてきた。
今回の新型コロナウイルス感染症でも標準的には、いわゆる対症療法、つまり酸素吸入や呼吸不全が悪化した際の人工呼吸、補液(点滴)による水分や栄養の補給、二次性と呼ばれるウイルスではない、細菌による感染症への治療が行われる。
事業所のある地域、従業員の居住している市町村では、そろそろ感染者が特定される、症状の出ている人が現れる事態が近く現実となる可能性がある。
ここで、人事労務担当者として、自社や職場の上述の持病を持つ社員や職員が新型コロナウイルス感染症にかかった場合のことを考えておかなければならない。早くも2月下旬に向かうタイミングとなったが、人事担当者として次の質問に対する答えをお持ちであろうか?
————————————————————————————————————————————————————-
◇貴方の職場の従業員数は何名?
◇うち、一般定期健康診断の対象は何名?
◇そのうち、受診率は100%?
◇要保健指導や要医療(精密検査や要受診)との判定は何名・何%?
◇就労区分の判定で就業制限や就業禁止となっているのは何名?
◇就業上の措置に関する産業医の意見が出され、具体的に実施しているのは何名?
◇肝炎やがんで治療中、透析中、脳卒中等で就業上の措置を行っているのは何名?
◇60歳以上の従業員数は何名?各々について、ここに列挙した情報はあるか?
◇以上の確認の結果、いわゆる持病を持つ人は何名・何%?
————————————————————————————————————————————————————-
これらは一般定期健康診断後の事後措置で入手できているはずのデータであるが、単に受診させ、結果を配る・通知するだけで終わっていると把握できていないことが判明するだろう。
昨年4月に施行された改正労働安全衛生法はいわゆる過重労働対策とともに「産業医・産業保健の機能(権能)の強化」を主眼としていた。つまり、過労死・過労自殺への対策に加えて、産業医の下に社員や職員の労働時間等の情報を集めて、”そのまま働かせてよいか”を確認することが求められるようになった。当然、高年齢労働者が増加すると病気や労災のリスクが高まることも考慮すべき点である。
”そのまま働かせてよいか”を確認するというのは、一般定期健康診断における「就労区分」のことである。つまり通常勤務以外に就業制限や就業禁止の措置を講じるかどうかの判断を産業医等の医師の意見を基に行い、それを実行することである。
もしも、これらが不確かであれば、至急自社の産業医、保健師、看護師等あるいは一般定期健康診断を委託している健診機関や医療機関の関係者と対話を行って、各人数や割合(%)を割り出し、情報管理に気を付けながら、いわゆる「持病を持つ」ことに相当すると考えられる社員や職員を特定したい。
持病を持つ従業員に案内すべきこと
さて、そうした情報が把握できたら、できれば2月中に、該当する社員や職員に以下の情報を知らせ、しかるべく対応を求めていく必要がある。
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早めに一度、かかりつけ医、主治医に相談する
・十分な内服薬の処方を受けておく
・万が一、発熱や咳等の症状が出た場合の対応について相談する
・日常生活と共に仕事や職場での注意点を聞いておく
上司や人事労務担当者と相談・確認する
・産業医等がいれば、必要な情報に加工してもらう
・流行時期における通勤や勤務における注意点を共有する
・もしも症状が出た場合の対応
・発病し休業する場合の仕事上の代替手段の対応
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マスコミでも言われていることだが、持病を持つレベルの人が発熱、咳などの症状が出たまま丸2日間、自宅待機を続けることは、至難の業であろう。また、そのことで持病が悪化したり、肺炎から重篤な呼吸不全につながったりしては元も子もない。
2月中に、と強調したのは3月に入り、各地での流行が確認されていくと、かかりつけ医なり主治医なりが働いている医療機関が、さまざまな状況によって受診しにくくなる可能性があるからである。また持病を持つ方々の初期対応の遅れが経過を悪くすることがないよう、ここに挙げた点を事前に主治医に相談し、準備しておくことが望ましい。
また、地域的な流行が盛んな時期には、症状がなくとも主治医から休業を勧められる可能性もある。症状が出た、あるいは将来的に確定診断を受けた場合には、一定期間の休業の措置が必要になるだろう。
もちろん、その人が担当していた業務をどうするのか、という相談は持病のある人に限った話ではない。しかし、持病を持つ人の場合は休業が長期化する可能性があるので、3月に入るタイミングまでに、該当する社員や職員との協議を完了し、一定の方針や方向性を上司に当たる方々と共有できるようにしておきたい。
これまでの”治療と仕事の両立支援”の実践はどうか?
今回の新型コロナウイルス感染症の流行に前後して、時差出勤やテレワークの推進が注目されているが、それと同じように働き方改革で力点を置かれてきたのが、「治療と仕事の両立支援」である。
両立支援に関する情報はどちらかと言えば、医学的な評価やテクニカルなところに力点が置かれている印象がある。しかし、こうした感染症に伴う危機管理の側面からは、以下の二つが人事労務部門に問われる。
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◇持病を抱えた従業員を保護し、これを活用する意思があるか?
◇治療や受診が可能となる柔軟な勤務制度、休暇制度があるか?
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もしも、これらが不十分であるなら、これを機会に再度、自社の治療と仕事と両立支援の方針や該当する就業規則の条文、付随する社内規程の見直しを行い、新型コロナウイルス感染症対策とともに社員や職員にアナウンスしてはいかがだろうか。
また、両立支援は持病を抱えた人だけでなく、育児中の方、あるいは親の介護を抱えた方も同様の対応が必要であろう。
幸い、今回の新型コロナウイルス感染症でも18歳未満では重症化する確率が小さいようであるが、育児中の子供に症状が出た社員や職員の対応は既にお決まりであろうか? あるいは介護している、ないし同居している老親に症状が出た場合の対応はいかがあろうか?
各々保育園や幼稚園、小中学校の閉鎖もあり得るかもしれないし、デイケア等が利用できなくなる介護施設が出てくることも考えておいたほうがよいかもしれない。そうした状況において、社員や職員に無理を強いたり、差別的な取り扱いを行ったりしてはならない。
新型コロナウイルス感染症に対する対応は、治療、育児、介護といった事情を抱えた社員や職員がこれらと仕事を両立しやすい状態を検討する好機と捉えることをお勧めしたい。
適切な健康情報管理の実践を!
さて、海外に限らず、日本でも感染した人、接触した人あるいは関係者への差別的な扱いの事象が後を絶たない。見えないものほど強くストレスに反応するヒトとしての特性が分かる現象である。しかし万が一、これから社員やその家族が感染または発症した場合、自社内でその社員へのハラスメント等が起きたりはしないだろうか? そうなってしまうと、新型コロナウイルス感染症による直接的な影響のみならず、流行終息後にも社員や職員のモチベーションや信頼関係の毀損といった間接的な影響の大きさは計り知れないものがある。
人事労務担当者として考えるべきは、個人の健康状態や病気に関する情報の取り扱いの実践、つまり健康情報管理が適正であるのか、ということである。
健康情報管理は、個人情報保護の進展に加えて、先述した改正労働安全衛生法の施行と相前後して厚生労働省によって、強化されてきた事項である。個人情報保護の観点では持病や新型コロナウイルス感染症にかかったこと等の情報は要配慮個人情報に該当し、一段厳しい管理が求められる。
また、健康情報管理の示すところは、適正な取得や管理のみならず、健康管理に関する情報は健康への配慮のためにのみ使用されるべき、ということである。、産業医等の意見を確認せず、また本人に対する説明や同意もないままに一方的に人事労務管理上の措置を強要するような「不利益な取り扱いを行ってはならない」ということである。
現状を見る限り、時間的・空間的濃淡があることを想定すると、早ければ3月から4月に、いわゆる流行期に突入する国内の地域が出てくるかもしれない。
今回は「持病を持つ人は重症化しやすい」という医学的な事実を起点に、主治医との連携、就業区分や就業上の措置、両立支援や健康情報管理の在り方を解説した。新型コロナウイルス感染症への対策を契機として、人事労務担当者として、ぜひこれらを見直し、流行の影響を小さくするべく力を注いでいただきたい。
《参考情報》
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」
第4回・完 事情を抱えた従業員への支援を丁寧に
[2020.02.14] 健康企業代表・医師 亀田高志
流行早期となった今、従業員の家族が発症したらどうするか?
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「もしもし、朝からすみません。○○部●●課の△△です。実はこの週末から夫が発熱し、咳がひどくなってかかりつけ医に見てもらったんです。インフルエンザ検査は陰性でしたが、肺炎を起こしていて新型コロナウイルス感染症じゃないかというので…。とりあえず入院となるそうですが、私は出勤しないほうがよいですよね?」
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本稿を執筆中の2月24日午前の時点で、国内の患者数は100人を大きく超え、3週間前から指摘されていた散発的な流行が実態としてあらわになりつつある。厚生労働省からは「イベント開催に関する御協力のお願い」が出された。「イベント等の開催については、現時点で政府として一律の自粛要請を行うものではない」としているものの、自粛ムードが優勢になりつつある。今後、残念ながら国内の患者数は3月以降、一気に増加・倍増も予想され得る。
そのような状況下で、家族が発熱等して出勤できない旨を従業員が電話等の手段で報告してきたら、自社ではどのように対応することになっているだろうか?
従業員の配偶者、子どもや老親に症状が現れ、さらに新型コロナウイルス感染症と診断された場合には、その人はいわゆる「濃厚接触者」となる。
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「濃厚接触者」とは、「患者(確定例)」が発病した日以降に接触した者のうち、次の範囲に該当する者である。
・新型コロナウイルス感染症が疑われる者と同居あるいは長時間の接触(車内、航空機内等を含む)があった者
・適切な感染防護なしに新型コロナウイルス感染症が疑われる患者を診察、看護もしくは介護していた者
・新型コロナウイルス感染症が疑われる者の気道分泌液もしくは体液等の汚染物質に直接触れた可能性が高い者
・上記のほか、手で触れることまたは対面で会話することが可能な距離(目安として2メートル)で、必要な感染予防策なしで、「患者(確定例)」と接触があった者
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もしもそうなると、「濃厚接触者」としてご本人には次の行動が求められることになる。
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◇最終曝露から14日間、健康状態に注意を払い、もしも発熱や呼吸器症状が現れた場合、医療機関受診前に、保健所へ連絡する
◇発熱や呼吸器症状が現れた場合、(新型コロナウイルスの)検査対象者として扱われる
◇濃厚接触者自身が重症化リスクが高いと想定されても、無症状の場合は(新型コロナウイルスの)検査を実施せず、感染伝播のリスクを低減させる対策を取りつつ健康観察を行う。ただし、体調の変化には十分注意を払う
◇咳エチケットと手洗いを徹底し、常に健康状態に注意を払う
◇同居している他の家族は、サージカルマスクの着用および手指衛生を遵守する
◇廃棄物処理(ごみ捨て)、リネン類、衣類等の洗濯は通常どおりに行う
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濃厚接触が認められた場合、2週間の健康観察期間は自宅待機とせざるを得ない。ちなみに「同居している家族や周囲の同僚等は、外出制限は不要である。」とされてはいるが、上司や同僚に少なからぬ動揺を生じるかもしれない。あらかじめ、これらの事態を想定し、対応の手順を決め、後述する産業医等の専門家との連携を強化し、心配にとらわれた従業員への説明や相談対応を行ってもらうことも選択肢に入れておく。
【この項の参照資料】
国立感染症研究所 感染症疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年2月6日暫定版)」 ⇒公表資料はこちら
他に想定される事態は?
さて、冒頭のケースは配偶者の発病という事態であったが、その他に次のような場合があり得る。
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◇子どもの保育所で保育士が感染し、子どもを預けられなくなった
◇同居している持病を抱えた老親が発熱し、付き添わなくてはならない
◇老親のいる介護施設で感染した職員が特定されて、他にも感染した疑いがある
◇単身赴任者が発熱し、自宅待機となったもの、水・食料の備蓄がない
◇単身者が重症化し、呼吸が苦しくなすすべがないと連絡してきた
◇60歳代の従業員が持病を診てもらっている主治医に自宅待機を勧められた
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これらの育児、親の介護によって、あるいは前回触れた持病等があって、就労に差し支える状況は、平時でも場合によっては上司を巻き込んで人事労務管理部門が対応するケースとなるはずだ。
さらには、単身赴任あるいは独身で一人暮らしの場合、発熱等の症状を生じた際の受診や入院の際の手続きですら困難を生じる。自宅療養となると外出もままならず、食料に事欠く場合もあり得る。
一方で、高度成長期、バブル期、その崩壊とそれ以降、本質的には自己責任として対応すべき、と捉えられてきたのではないか、と思う。今回の新型コロナウイルス感染症を契機として、これらの個人の事情が就労に差し支える事態を再考することを強くお勧めしたい。
加えて70歳までの就労確保努力義務化が既成事実化している今、60歳以上の高齢者に該当する従業員は、新型コロナウイルス感染症の重症化のハイリスクとなってくる可能性も考慮しなければならない。
流行時の従業員の休業・欠勤の見込みを立てること
BCP(事業継続計画)として既に語られてきた事項であるが、事業所の所在地や従業員の居住地で流行が進展するにつれて、個人の事情ごとに休業・欠勤する従業員の割合を想定していかなければならない。
内閣官房のホームページで公表されている「新型インフルエンザ等対策ガイドライン(平成30年6月21日一部改定)」では、「Ⅷ 事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」の章が設けられている。その中で、「3.新型インフルエンザ等に備えた事業継続の検討・実行」として、国内で感染が拡大した想定と準備が強調されている(以下、要約・抜粋)。
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●新型インフルエンザ等の流行時は、各職場においても、従業員本人の発症や
- 発症した家族の看病等で、一時的には、多くの従業員が欠勤することが予想される
・新型インフルエンザの場合は、従業員本人の発症はピーク時に多く見積もっても約5%と想定される
・その他の理由で欠勤することを踏まえ、従業員が最大で40%欠勤した場合を仮定して、人員計画を立案する
・「その他の理由」としては、
- まん延防止対策として地域全体での学校・保育施設等の臨時休業が実施される場合、乳幼児・児童等については、基本的には、保護者が自宅で付き添う
ことが想定される
●欠勤者が出た場合に備えた、代替要員の確保
・
- 家族の状況(年少の子どもや要介護の家族の有無等)による欠勤可能性増大の検討
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もちろん、新型コロナウイルスや新型肺炎に関する研究調査は始まったばかりで、単純に5%や40%という数字を当てはめることはできないだろう。
しかし、新型コロナウイルスの流行が拡大する前に、”発症した家族の看病等で、一時的にでも多くの従業員が欠勤することを予想”することは、すぐにでも実施可能であろう。既に実施している企業等は少なくないと思うが、今一度、BCPの内容を関係部署の方々とよく検証していただきたい。
新型インフルエンザパンデミックから10年以上が経過し、多くの企業等では従業員の高齢化が進んでいる。かつては”独身貴族”、昨今は”お一人様”と呼ばれる、個人向けのビジネスの対象となる人たちも年を重ねてきている。普段の生活を取り巻く病気のリスクだけでなく感染症を含む危機までの到来では、単身者は頼るべき社会的支援が乏しいため脆弱である。
今後の新型コロナウイルス感染症の時間的・空間的濃淡を伴う流行の広がり、従業員の年齢層や持病の有無、地域の医療資源等の違いによって、個人の事情による影響も増減し得ると考える。
【この項の参照資料】
内閣官房「新型インフルエンザ等対策政府行動計画等」⇒公表資料はこちら
持病を持つ従業員の特定と案内
以上を認識した上で、3月初めのうちに、前回触れた持病を持つ人以外に、自社で以下に該当する人数や名簿等を確認することをお勧めしたい。
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◇保育所等を利用して子育て中の従業員
◇配偶者等の家族と同居している従業員
◇老親と同居している従業員
◇老親が介護施設にいる従業員
◇単身赴任中の従業員
◇単身・独身の従業員
◇60歳以上の高齢従業員 等
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そして、もしもデータ・情報があるならば、可能な範囲で上記のような従業員が、万一感染した際に頼ることができる家族・親族の情報や連絡先等について、本人たちへ利用目的を説明し、同意を取った上で取得し、保管しておきたい。
ここに挙げた個人の事情は自己責任と片付けるのではなく、冒頭のケースに類似した状況を想定し、自社の産業医等の専門家も加わってもらい、できる支援策を検討しておきたい。
そして、これらの対象となる従業員に対しては、自宅待機や自宅療養中に備えて、できるだけ水・食料などを備蓄しておくことを丁寧に勧めておくのも大切であろう。
ちぐはぐな健康管理やメンタルヘルス対策の是正の機会に
筆者は職場の健康管理の実務を四半世紀以上手掛けてきたが、課題によってその対策がちぐはぐだったり、アンバランスが目立ったりすることを痛感してきた。
例えば、日本の健康管理の中心は動脈硬化性疾患に置かれて久しい。確かに働く人の高年齢化に関連する一つの課題ではあるが、もう一つの課題である感染症に対する対策はいかがであろうか?
インフルエンザの予防接種が望ましいことは誰もが知っていることだと思う。では、自社の従業員で接種しているのは何%だっただろうか? そもそも、それを把握されているだろうか?
インフルエンザの予防接種の効果は、季節性のインフルエンザにかからないことではなく、重症化を防ぐことにある。一定の割合で受けた人が職場にいれば、そのシーズンの病気欠勤を従業員全体の平均で1日減らすとする知見もある。季節性インフルエンザに対する予防接種が実施できていたかどうかは、この新型コロナウイルス感染症の流行が懸念される今、発熱し重症化する一つの要因をあらかじめ抑えておけるかという、大きな違いを生む。
また筆者は、日本ではメンタルヘルス相談機関の一つとして紹介されるEmployee Assistance Program(EAP 従業員支援プログラム)をその本場アメリカで学ぶ機会を得た。そして現在は国際EAP協会日本支部の理事を務め、専門家養成を支援している。
日本では職場ストレスとうつ病等の不調に対して、メンタルヘルス対策の実行を!とうたわれている。けれども、アメリカのEAPでは、そのような取り上げ方をしない。根本的な問題は「従業員の生産性の低下」であると捉える。
そして企業等と契約したEAPのコンサルタントが本人、上司、人事労務部門の担当者からの相談を受け付け、その解決の支援を行う。生産性の低下の理由には、育児、介護、夫婦間の問題等、今回取り上げている個人の事情そのものがオーバーラップしてくる。EAPのコンサルタントは守秘義務を守りつつ、カウンセリングではなく、情報収集と多面的評価を行い、専門家や専門機関に紹介し、本人の同意を前提に助言を行う。
大切なことは個人の事情であっても生産性の低下があれば、これを解消しようと考えること。そして、専門家につなぐ支援を行うという点である。こうした合理的で効率的な考え方は、日本の職場にはまずない。日米を比較してどちらが合理的かと言えば明白であろうし、それが今回の新型コロナウイルス感染症への対応で明らかになるのではないだろうか。
さて、2月初めから毎週1回のペースで、人事労務部門として考えるべき新型コロナウイルス感染症対策のポイントやヒントと、共に検討することが望ましい課題もご紹介してきた。
ぜひ、これを機会に自社の産業医や看護職の方々とざっくばらんに具体的な対策を相談することをお勧めしたい。また、4月以降に一般定期健康診断やストレスチェックを委託・実施する機関との対話も早急に始めるとよいと思う。
でき得る限り対策を行っていただき、今回の新型コロナウイルス感染症という従業員の健康危機による影響を乗り越えていっていただきたいと考える。
《参考情報》
厚生労働省「新型コロナウイルス感染症について」
亀田 高志(かめだ・たかし)
株式会社健康企業代表・医師。1991年産業医科大学卒。大手企業の産業医、産業医科大学講師を経て、2006年から産業医科大学設立のベンチャー企業の創業社長。2016年に退任後、健康経営やストレスチェック活用のコンサルティングや講演を手がける。著書に「【図解】新型コロナウイルス 職場の対策マニュアル」(近刊 エクスナレッジ)、「健康診断という病」(日経プレミアシリーズ)、「課題ごとに解決! 健康経営マニュアル」(日本法令)、「改訂版 人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援」(労務行政研究所)などがある。